土曜日
ふっきしたけれど、適当な練習相手はほとんどいない。
2番コートの真ん中に人工芝が剥がれているが修理する気配はないとのこと。4面の屋外コート、2面になるのは年度末かもしれないと思ったりした。
来週末試合があるので、ストロークに練習やシングルスを相手を期待したが、思うようにはいっていない。
胸の痛み治ったと思ったが完治してないと分かった。出来る範囲で楽しんでやっていこう。
水曜日 
昨日、11月からルーセントに復帰する。10月から復帰を考えて、仲間に話していたので心外に思っていただろう。今月、福岡ベテラン秋大会もあるので、環境を変えると練習相手がいるかもしれないと考えた。
今朝9時から運動公園でF氏と1時間シングルスお願いして、その足でルーセントに来てみると、HGO氏が3番コートでおねえさんと練習していたので、さっそく変わってもらって、ストロークからワンセットお願いした。
F氏の時もそうでしたが、ヨロヨロとして動きの鈍さをどうすることもできなかった。彼はぼくより二つ年上だし言い訳はできない。
HAGO氏とは疲れもあって、動きはもっと鈍っていた。齢のせいもあるだろうが、術後の体力回復時に練習相手のいないHAGO氏がぼくに近寄ってきて、ぼくは膝を痛めてしまった。
ぼくは足に負担をかけないようにとクラブを去り、橋げたの壁打ちで、回復を待っていたが、その回復が遅れて、福岡では負け戦ばかり、齢のせいにはしたくないけど、足が衰えている。
鍛えるのも怖いし、どうすべき迷うこの頃です。
月曜日 変な天気
免許更新、前回誕生日に行ったので今日行く予定にしていたけれど、運動公園の練習とダブっていると気が付き更新は明日にすることにした。ところが朝起きると、胸回りの痛みは癒えてなかった。運動公園の練習は体調あしと断った。終日ゆっくり家で過ごした。
誕生日には二人で外食することにしている。去年は東バイパスの登り坂にある浜勝に行っていたので、今年もと相談していた。元気のないぼくは車で浜勝までの道のりを考えると、近くでいいなぁと考えが変わっていた。
夕暮れ時、近くの大衆食堂に行こうと外にでると、すぐ近くに「はま寿司」、「肉のドッキン」を解体して直近に開店していたのに出くわした。
すっかり忘れていて、試しに行こうとなった。大衆寿司屋さんという感じで値段も手頃でまた行きたくなりそうな店でした。
6時頃は空いていたのに帰ろうとすると、土日かと勘違いするほど、家族ずれが一杯待っているのに驚き目をパチクリしながらお客をかき分けて帰りました。
日曜日 曇り
いつものように、昼を済ませてから壁打ちに出かけるのが日課になっている。
肩の腱板手術してから一年と4か月、ようやく自転車で行けるようになった。体力が以前のように回復したようだ。車でもチャリでも時間はそんなに変わらないと思う。
行きは急激な下り坂と平坦な白川ぞいのでこぼこの曲がりくねった道を、狭くて車の離合に神経を使いながら抜けると橋げた見えてくる。橋げたを登って信号を右へ曲がると運動公園へ行ける。帰りは急登があるので、その辺の差は出てくるが、自転車でも無理のない距離だ。体力回復にはチョッピリ貢献できるような気がしている。
福岡県ベテラン秋大会、諦めているとある日突然要項が福岡県のHPにのっていた。今年は中止なのだと諦めていたのでうれしかった。春から行われた九州毎日、九州選手権、福岡県ベテラン夏大会と負け戦ばかり、術後の回復をいぶかる中、膝も痛めてボールを追うのも困難になっていたが、サポータで締め付けてコートに立ったものの、惨めな負け戦が待っていた。
日曜日なので心配したが壁打ちコートには女学生が一人、到着すると帰る準備をしていたので、ぼくひとりで占有していた。
まもなく若者が一人やってきて、ニューボールをガンガンと打ち始めた。ぼくも長くテニスをやってきたので、壁打ちの様子でその人のレベルを感じることができる。
久しぶり、かなりレベルが高い若者だと思った。ひとしきり終えたところで、尋ねてみた。わりかし近くの高校生だった。3年生で今は受験勉強に精出しているという。どこで習ったの何処かのクラブ、ジョージです。あのジョージ、ikedaと答えた。何だか誇りを感じる答えだった。彼のことならぼくも、昔から知っていた。さもありなんと思った。
彼と入れ替わるようにして、また一人若者がチャリで乗り付けてきた。ソフトテニスだった、そのソフトボールをガンガンと正確に打ち始めた。
疲れていたぼくは後ろで座って帰る準備をしていた。気になって彼にも声をかけて見た。無口なぼくがこんな声をかけるなんてめったにない。
前の若者より少し小柄だが、二人とも若者らしく答えてくれた。短パンの太ももは鍛えられていた。姿勢を低くして両足で踏ん張り、壁に正確に力ずよくヒットしている。
街中の私立高校、推薦、優待等で入学したという。中学の頃から上手だったのだ。
年に一度のシングルスの大会で3位になったと、誇らしげだった。彼も高校3年生で受験勉強だという。今の季節はそんな時期なのだと教わっていた。
ぼくは固めに張っていたラケットを彼に渡した。彼なら適用するだろうと思った。すぐに慣れて軟式と同じように打ち始めたので、ぼくの試みは当たっていた。
壁の向こう側から一人の翁が手を上げて、よろよろとやって来る。テニス仲間だったIT氏だった。お酒を美味しく飲むためか時々顔を見せる。元大学の先生、高校の教員不足で、駆り出されて忙しいという。医師や先生は終えるまで働く機会があるので、ある面うらやましいと感じる。人生いろいろ、幸不幸は本人次第と思うけれども。
土曜日 
あのアントニオ猪木が80を前にして亡くなったとの報道。今はまずプロレスなど見ないが、昔はよく見ていた。力道山、猪木、ボクシングのカシアスクレイなどです。
テニスショップベストから土曜日まで借りたバボラの試打ラケット(ピュアドライブ)を返しに出かける。買えば2万5千円位はするのかな、振り抜きの感触などよかったので、シングルスの練習で良かったら考えようと思っていたが、ガットのテンションが強くて、ぼくのパワーではコントロール無理に感じた。
今のぼくはラケットでない、先ずは体力、左右の機敏な動き、サービスの安定、ストロークの安定などと、改めて感じた。
今週からチャリで橋げたの壁打ちに出かけだした。不安を感じてなかなか思い切れなかったが、思い切って実行してみると、あんずるよりで体力かなり回復していることがわかった。
日曜日 
昨日は「スポーツの秋 応援セールのご案内」が来ていたので、久しぶりに出かけた。テニスシューズの足に満足するものが一つもないことが、気になっていた。
豊肥線の電車で新水前寺駅まで15分、歩いて少しのところにその店はある。一人で初めて23回脱皮するように場所を変えて今のところにある。テニス仲間の弟がやっている。
現役の頃はずいぶん買い物をさせていただいた。ネットで買えるようになって少し足は遠のいていたが、年金暮らしになってからは、安物買いの銭失いで、ラケットもナダルの10年くらい前のものを、大事に使っている。一番高いシューズを一足買って、バボラの試打ラケット(ピュアドライブ)1本借りて帰る。
東レPPOテニス大会決勝戦が本日行われた。
サムソノワ(ロシア 23歳 30位)
VS.
ジャン・チンウエイ(中国 19歳 36位)
サムソノワは白っぽいウエアーで最後まで通していた。180ほどの恵まれた身長と筋肉質の長い腕と足、スラっとした外見で、鋭いサービスストロークで次々とやっつけ勝ち上がっていた。準々決勝で対戦したムグルッサは3シードの選手、2016z全仏2017ウインブルドンの覇者。注視していたのだが、全てに力負けしていた。6462。28歳になっていたムグルッサであったが、時代の流れを強く大会通じて感じていた。
19歳ジャン・チンウエイは19歳、1回戦土居美咲とやっていた。中国、若い有望な選手がいるのだなあと、羨望の気持ちになっていた。31歳の彼女が通用する相手ではなかった。強打で互角に感じていた。
決勝戦の両者は同じようなタイプで勝ち上がって来ていた。体格も似ていたしサービス、ストロークの強打で勝ち上がっていたのも似ていた。
サムソノワが7575で優勝した。メンタル、メンタルと強調していたコメントしていたサムソノワ、意識していたメンタルで優勝したのかもしれない。19歳は疲れが出ていたのかなあ、今までにないミスを大事なところでおかしていた。それは両者同じであったろう。やはりメンタルの勝利ですか❓
大相撲、平幕玉鷲の優勝、これもメンタルかもしれない。
