替え歌作業中

明日は、テニスサークルの忘年会。

夏の暑気払いでは、二曲の替え歌を披露しましたが、もうないの?という感想も出ました。

そこで、前回とは別で、倍の曲数をと作業中です。

テニスより大変、間に合うか?

明日の昼は、テニスしないで、替え歌作業かな!

カテゴリー: 日記 | 投稿者レオ 22:05 | コメントをどうぞ

社労士的考察!

私、テニスをする社労士(いや、社労士もしているテニスマンかな?)ですが、その中でも、専門は労務管理です。

社労士には、年金が得意等々、専門分野がありますが、私は労務管理が得意分野で、たまに、その分野のセミナーで講師を務めることもあります。

(労働時間、賃金等々は、こうしなければなりません。こうしましょうというような話をしています。)

その労務管理の基本は、労働基準法で、労働条件の最低条件を定め、ほとんどの労働者に適用されています。

しかし、労働基準法には、適用除外という条文があり、一般職の国家公務員は適用除外、また地方公務員の一般職の職員には、一部適用されないと規定されています。

社労士試験でも、実務でも、公務員には、この程度の認識でしたが、最近、ブラック企業だけでなく、ブラック教員という言葉も聞くことがあり、何か不思議に思え、試験レベルを超えて調べてみました。

その結果(私が調べた範囲ですが)、初めて聞く法律がありました。

それは、「給特法」(略称)と呼ばれる法律で、教員には、超過勤務手当や休日給を支払わず、代わりに、教職調整額を支給するというものです。

その教職調整額は、俸給月額の何%と決められています。

私が知る限り、もし民間企業で決めたとすると、この何%より、かなり高いものになると思います(逆に、現状は低いと)。

あらためて、教員の待遇は、厳しいものだと実感しました。

テニスをする社労士としては、この分野にも取り組もうかな?と思いましたが、残念ながら、この「給特法」は、社労士が扱える法律には、入っていませんでした。

今まで知らなかったですし、何も出来ないということです。残念!

カテゴリー: 日記 | 投稿者レオ 22:18 | コメントをどうぞ

ほぼ完璧!

ガット張り機を購入して、はや4か月。張り替えたラケット本数も、延べ8本となりました。

ほぼ思う通りに張れるようになりましたが、最後の結び目の直前の1本に、凄く気を付けて張っていました。

ガットのテンションを固定するクランプから結び目までのガットには、テンションがかかりません。

そのため、緩むことを前提に、最後の1本だけは、5ポンド位テンションを上げて張っていました。
結果、結び目を作り、クランプを外し、5ポンド高いテンションが相殺されて完成と。

ただ、それでも緩むことがあり、さらにテンションを7ポンド上げて、ちょうど良い感触となりました。

これで完璧と思っていましたが、調べていると、別の方法もあり、それは、千枚通しを最後のグロメットへ通して固定するというものでした。
私のではありませんが、以下がその写真です。

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こうしても、テンションロスが防げるので、2通りのパターンを習得することができ、より完璧なガット張となったかなと。

今月張り替えたラケットで、千枚通しも使い、成功しました!
ただ、千枚通しの先で、ガットを傷つけないようにしないといけないというデメリットもありますが。

これで、課題は克服し、ガット張りは、(ほぼ)完璧です!

ほぼ完ぺきで、100%完璧でないのは、時間です。どうしても、1時間を切れません。

月に1~2本なので、張り方が体に染みつかず、どうしても、マニュアルを見ながらになり、時間がかかります。

本数を増やし、マニュアルを見ずに張れるようになれば、1時間も切れ、本当に完璧になると思います。

テニスの技術向上だけでなく、ガット張向上も目指していきます!

カテゴリー: テニス用品 | 投稿者レオ 20:35 | コメントをどうぞ

アイスコート?

12月9日(土)のテニスサークル。

前日は、夜遅くまで、雨が降っていましたが、日付が代わるころには、止み、朝から快晴で、楽しみに、コートへ向かい、さあ、テニスと思ったところがーーー

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コートが光っています。これは、雨が残っているだけではなく、凍っていました。

まるで、スケートリンクのように滑るのです。歩くだけでも、慎重に行かないと転倒しそうでした。

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とてもテニスが出来るコート状態ではありませんが、と言って、絶好のテニス日和です。(気温が低いことを除けば)

そこで、10時開始でしたが、テニスではなく、コート整備(氷を解かす、水をはく)となりました。

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コート整備で約1時間、かなり疲れました。

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やっと、1時間後、半面(2面あるうちの、1面の半分)が使えそうで、ショートラリーをスタート、そして、1時間半後に、1面はゲームが出来る状態になり、2面全体で出来るまでは、2時間以上かかり(10時開始で、12時過ぎに)ました。

よもや、テニスコートが凍っているとは、予想だにしてなく、やはり、冬だなと認識した、アイスコートでした。

参加した皆さん、お疲れさまでした!でも、転倒等、ケガがなく良かったです!

カテゴリー: 日記 | 投稿者レオ 21:23 | 2件のコメント

練習は裏切らない!

テニスの上達度というのは、非常に分かりにくいと感じています。

全くの初心者が打ち方を覚え、各ショットを打てるようになるという段階までは、目に見えるのですが、その後が分からない!

練習で、球出しボールや、ラリーをする際は、打ちやすいボールを、自分の思い通りに打つ。

しかし、試合では、全て、打ちにくい所へボールが来るので、そういうボールを、自分の思い通りに打てるようにする。

さらに、打ち方だけではなく、相手の配球に応じた、フットワーク、フォーメーションを取れるようにしなくてはならない。

一体、どうしたら、試合で活かせるレベルの上達が出来るのか、大きな課題です!

そんなことを日頃考えていますが、目からうろこですが、やはり、練習しかない。

ただし、練習の目的を持ち、試合と練習とのフードバックを欠かさずに行う。

先日、とある試合を見ていたとき、練習を積み重ねた人が、ある意味覚醒して、一段、上のレベルへ到達したなと感じたことがありました。

あらためて、練習は大事、練習は裏切らないと思った次第です。

*ドラゴンボールで言うと、覚醒した方は、サイヤ人からスーパーサイヤ人(1)になったと。

スーパーサイヤ人は、(1)→(2)→(3)→(4)→(ゴッド)→(ブルー)→(ロゼ)とレベルアップします。

私は、今、(3)くらいかな、(1)の方に負けないように、さらに、ゴッド、ブルーを目指して練習していきます!

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カテゴリー: テニス技術 | 投稿者レオ 18:49 | 1件のコメント

いよいよGSSパンサー発足(旧ブログから)

前回のGSSパンサー発足前の続きです(旧ブログからの抜粋)。

『初代のキャプテンは私がなりましたが、ほぼ素人集団ですから、どういう練習メニューをしたらいいのか全くわかりません。当時のテニス雑誌は、スマッシュとテニスマガジンの2冊で、大学の授業はそっちのけで、一生懸命テニスの勉強をしました。ただ、この当時はテニス界の一大転換期でした。ちょうど、ウインブルドン決勝で、ローズウォールがコナーズに完敗した頃でしたが、まだ、両手打ちバックは邪道という時代でした。

次に、コートの確保がわからない。テニスクラブは高いだろうから、公営コートを調べ(今みたくネットで調べられないので、結構大変)、発起人の多くの家に近いという理由から、東京の北区、板橋区の公営コートを抽選で申込み、何とか確保できました。

そうこうしているうちに、大学3年を迎える頃になり、本格的にいわゆる新勧(1年生の勧誘)をどうするかで、サークル名、体制を考えなくてはならなくなりました。いろいろな意見があったのですが、学習院、立教、上智は、比較的学風も似ていて、共学大学。共立女子大は、もちろん女子大で、ちょっと学風も3大学とは違うので、今となっては申し訳ない気持ちですが、サークルからはずれてもらいました。

そうして、次にサークル名です。当時、ピンクパンサーという映画が人気でした。でもピンクパンサーテニスクラブでは、ちょうと恥ずかしいので、3大学の頭文字をとり、G(学習院)、S(立教のセイントポール)、S(上智のソフィア)で、ついに、GSSパンサーテニスクラブが発足しました。』

カテゴリー: GSSパンサー | 投稿者レオ 20:03 | コメントをどうぞ

ガットで別ラケットに!

ガット張り機を購入してから、ガットをいろいろと代えてみました。

ラケットは、同じ、ウィルソンのスチーム100リミテッドですが、

張り替える前は、ナイロンマルチ(ATG850)、

そして、ポリとナイロンマルチのハイブリッド、ポリとナイロンモノのハイブリッド、さらに、ナイロンのモノマルチ(XR3)と代えてみました。

さらに、XR3は、ゲージを1.3と1.25を張りくらべてみました。
(私には、XR3では、1.25が、柔らかさと反発を両立し、マッチしていると感じました。ただ、細いので、耐久性の問題がありますが)

さらにさらに、以前は、ナイロンモノ(ミクロスーパー)、ポリ(4G)も張ったことがあります。

正直な感触は、ラケットが別物に感じられます。

ラケットを代えると、打感が変わりますが、それと同じくらい、ガットを代えると打感が変わります。

同じ種類(ナイロンから、ナイロン等)でも、多少の違いを感じましたが、ポリだけや、ハイブリッドでは、全く別のラケットと思えるほどです。

こうなると、ラケットを買い換えるより、ガットを張り替えた方がいいのかなと思うくらいです。

まあ、自分のテニスにマッチするガットという条件付ですが。

カテゴリー: テニス用品 | 投稿者レオ 20:44 | コメントをどうぞ

GSSパンサー発足前(旧ブログから)

このテニス365のブログは、2013年の夏頃で、迷惑コメント等の対策がされ、それ以前のブログは旧ブログとして、全く別になってしまいました。

私の今のブログも、2013年9月から現在に続き、その前に、2009年から2013年までの記載が旧ブログにあります。

12月2日にGSSパンサーOB会で、クラブ発足から軌道にのるまでの話しもしましたが、旧ブログに詳しく記載していたので、そこから抜粋(多少修正も)して、もう一度記載します。以下の『』です。

『学習院大学へ入学し、いろいろなサークルの勧誘がありましたが、テニスサークルをなんとなく考えていました。

高校時代、軟式テニス部で嫌な経験があり、大学に入ったら、もう一度今度は硬式テニスでと考えていたからです。

当時(昭和50年)の学習院大学には、体育会のほか、サークルが3つ(オッター、サン、理学部)があり、何となく、一番勧誘が強かったサークルの新歓コンパに参加しましたが、まだよく飲めないお酒をたくさん飲んだだけで、何か合わないところがあり、結果、超短期で退部となりました。

しかし、テニスへの希望だけは消えず、大学の体育の授業でテニス(もちろん硬式テニス、さすが学習院)を選択するとともに、テニススクールへ通いました。

ラケットは、今は撤退している、ヤマハのウッドで、特に理由はなく、スクール費用もあり、金がなかったので、丸井のクレジットで一番安いという、今から思うとすごい理由で選んでしまいました。

大学2年になり、サークルでテニスをやる思いがますます強くなり、いっそのこと、自分で作ってしまおうと思いました。しかし、1人では、出来ないこと、他とは違うサークルと思い、中学の同級生で立教大のS君、上智大のK君、学習院で同じクラスのM君、その友人のS君とで、立ち上げました。(いわゆる創設の初代1期生です。)

まず、部員を集めなければなりませんから、それぞれの大学で勧誘し、さらに今から思うとどういう経緯か覚えていませんが、共立女子大からも勧誘し、4大学で活動が始まりました。まだ、名前もなく、テニスも素人集団で産声をあげたのです。』

以上が旧ブログの第1回目の記載内容です。ここから、GSSパンサー発足へと続きます。

カテゴリー: GSSパンサー | 投稿者レオ 20:05 | 2件のコメント

テニススクールでの出来事2つ!

12月3日のテニススクールでの出来事2つです。

まず、前日がGSSパンサーOB会でテニスが出来なかったので、通常クラスの前のクラスへスポットで入りました。
きょうど12月がスクール12周年で、通常3000円位のスポットレッスンが、1人3回に限り、1212円というキャンペーン中です。

ただ、通常クラスの前のクラスの通常レベルクラスは満杯で、1つ下のレベルのクラスへ入りました。
そして、そのクラスでは、パターン練習のモデルもおおせつかりました。

ポーチ練習では、最初の深くセンターへ打つボレーを私が打ち、前衛がポーチへ出る。
ストレートアタック対策練習では、最初のボレーを私がサイドライン側へ打ち、相手後衛がストレート、そして前衛がそれをボレーで止めると。

他のレッスン生が見ているので、失敗はマズイと少々緊張しましたが、一応、合格点レベルのボレーが打てました。

次が、通常クラスのレッスンで、コーチがネットの高さの倍までのコースを狙いましょうと。
そして、コート中央の高さを知っていますかと聞き、他のレッスン生が、91センチと答えました。

すると、コーチが、91.?センチですかと聞きなおし、誰も答えられなかったので、私が、91.4センチですと答え、正解でした。

ちなみに、アシスタントコーチも知らなかったということで、面目躍如?でした。

まあ、サークルで一緒の岩娘さんは、私が、サークルで毎回、メジャーでネットの高さを調節しているのを見ているので、不思議には思わなかったようですが、コーチからは、よく知っていますねと、お褒めの?お言葉をいただきました。

カテゴリー: テニススクール | 投稿者レオ 20:00 | コメントをどうぞ

テニスプロはつらいよ(完結編)

過去2回記載しました、書籍「テニスプロはつらいよ」の感想の完結編です。

最後は、この本の主人公の関口プロではなく、本で紹介されている、その他の選手の動向です。

関口プロと同年代の選手で、インカレで優勝し、全日本でも上位へ行った選手が、周りは、当然プロになると思っていたのが、学生テニスを最後に引退すると、民間企業へ就職し、今は営業職で飛び回っていると。

『プロか就職かの狭間で心が揺れることもあった。

しかし、プロになった自分を想像してみると、世界ランキングが150位~200位の自分はイメージできても、100位以内にいる自分がそうしてもイメージできなかった』と。

そして、もう1人。全日本ランキング1位、全日本優勝経験者の言葉です。

『何でテニスを選んでしまったんだろうーーーと思うことがあります。

野球やサッカーなら日本で一番の選手のことは誰でも知っていると思います。たとえは変ですが、インターハイを獲ってプロ入りした時点で、僕は野球ならドラフト1位選手のようなもの。

だけど、僕が街を歩いていても誰も振り返ることはありません。日本ランキング1位になっても、全日本を獲っても僕のことを知らないのです。

結局テニスは、グランドスラム大会で活躍してなんぼの世界なんですね。だけど、そこまでがあまりに厳しい。子供のときにこんな厳しい世界だと知っていたら、テニスではなく野球を選んでいたかもーーー最近、そんなことを思うんです』

この本を読んであらためて、テニス(特に日本のテニス)選手の過酷さが伝わってきました。

この実態がわかると、とても、自分の子供(孫)をテニス選手にしようとは思えないほど、厳しい現実がありました。

結局、4回読み返しました。テニス愛好家の必読書と推薦します!

カテゴリー: テニス一般 | 投稿者レオ 22:58 | コメントをどうぞ